荒川堤の五色桜
荒川(現・隅田川)はむかし、たびたび氾濫して付近の土地に被害を与えていました。明治18年7月の暴風雨と高潮による被害をきっかけに、後の江北村初代村長となる清水謙吾氏が荒川堤の補修工事と堤上に桜を植えることを願い出たのが、荒川の五色桜の始まりです。
荒川堤にはソメイヨシノではなく様々な里桜が植えられ、薄桃、濃桃、白、黄、薄緑などとりどりの花が咲き乱れました。その様子は「五色の霞がたなびいているよう」と表現され、五色桜と呼ばれるようになりました。明治45年には、日米友好のシンボルとして荒川堤の桜の苗木がワシントンのポトマック河畔に贈られ、今でも桜の名所となっています。
その後、荒川放水路の開削や公害、戦争により五色桜は衰退していきましたが、戦後住民の強い要望から五色桜を復活させようという動きが起こります。昭和57年には、ワシントンの桜の里帰りを実現させ、学校や公園に植樹しました。
2022年4月